病院は姥捨て山か。身勝手な行動が招く病院の未来

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先日嫁さんのお婆ちゃんが亡くなりました。享年92歳、死因は今どき珍しい老衰でした。日に日に食欲も失われ、低血糖などで意識が混濁し、病院に運ばれることもありました。

介護をしていたのは長男夫婦でしたが、お婆ちゃんが病院に運ばれたある日、病院に対し入院させて欲しいとお願いしたそうです。

その理由は「もしお婆ちゃんが自宅で亡くなったら怖いから」でした。

病院の返事は勿論No。当たり前の話です。

更にびっくりしたのは嫁さんのお母さんまでもが、嫁さんに電話してきて、病院の対応が冷たいなど不満を漏らしていたことでした。お母さんは長男夫婦よりは常識的な人だと思っていましたが、意外な意見にショックを受けました。

普段病院で働いている身からすると、到底理解し難い発想ですが、一般的にはこのような考えの人は、まだまだ多いのではないかと思います。



病院の役割に対する誤解

このような考えの根底には、病院の役割に対する誤解があるのだと思います。

病院の最大にして唯一の役割は、患者の病気を治療し、社会復帰の手助けをすることです。病院と患者の関係は、患者の病気というものがあって初めて成立します。

一方、今回のケースのように、加齢による衰えは病気ではありません。低血糖による意識の混濁も、その原因は加齢による食欲の衰えであり、病院で治療できるものではありません。

どんな大きな病院も、どんな優秀な医者でも、加齢による衰えだけは治しようがありません。

病院には、今も治療の順番を待っている人がいる

そうは言っても、自分達では介護できない、自宅で死なれたら困る、と言った意見もあります。「病院なら老人の世話も慣れているんだから、あと少しの間だけ預かってよ」という身勝手な意見です。

病院には治療すべき患者が来る日も来る日もやってきて、その治療の順番を待っています。入院が必要な患者の中には、ベッドの空きがなく、入院治療ができずにいる患者がいます。

それを考えれば、治癒の見込みのない老人を、病院の限られたベッドに死ぬまで入院させ、そのお世話をして欲しい、という主張が、いかに身勝手であるか、わかると思います。

身勝手な行動がもたらす地域医療への弊害

また、治療のしようのない老人(患者ですらない)を入院させても、病院にとってはほとんど収入になりません。

自分の都合だけで老人を病院に預からせる人が増えれば、結果として病院の採算が悪化し、医療機器の更新もできず、優秀な人材の確保もできなくなり、病院自体が衰退していきます。

そうなれば最も不利益を被るのは、その利用者である地域住民です。病院の衰退は、地域医療全体の衰退に繋がります。

いざ自分が(患者として)病院を利用しようと思った時には、その病院は十分な体力がなく、満足な治療が受けられないということも考えられるわけです。

病院で働く者として言いたいことは、病院には病院の役割があるので、病人も老人も何でもかんでも病院に任せれば良い、という考えは改めていただきたいということです。

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