無理な延命はやめて、人間らしく生涯を終えるために必要なこと

6669344a58e2a5b73278f19cf8f72088_m先日、嫁さんのお婆ちゃんの体調が悪いということで、急遽新幹線に乗って会いに行ってきました。

老化共に歩ける距離も段々短くなってきていたですが、遂に歩くことも、一人で起き上がることもできなくなってしまいました。

頭もぼんやりしているようで、孫である嫁さんのことは認識できても、僕のことはもう名前も覚えていないようでした。

現在では、食事の世話は勿論、下の世話まで、全て息子夫婦と嫁さんのお母さん(お婆ちゃんの娘)に頼りっきりだそうです。

年齢は御年92歳、救急車で運ばれた時も中々受入れしてくれる病院が見つからなかったそうです。ようやく受け入れてくれた病院で、栄養の点滴を受け、帰宅した頃から急激に衰えが始まりました。

もう食欲も無く、本人は食べたくないと言うそうですが、息子の嫁さんが無理やり食べさせているそうです。無理にでも食べさせれば、何とか食べきってしまう、と言っていました。

そんな話を聞いて、最初に思ったことは「もう楽にさせてあげれば良いのに」でした。食べたくもないものを無理やり口に突っ込まれ、得られる明日に、一体何の意味があるのでしょうか。

そんなこと、他人の僕からは、口が裂けても言えませんが・・・

現在医療の現場では、無理な延命措置は出来る限り避ける方向にシフトしています。胃ろう等で無理やり栄養を摂取させ寿命を延ばすより、QOL(Quality Of Life/生活の質)を重視し、如何に人間らしく生きるか(生涯を終えるか)を重視するようになってきています。

しかし、実際の介護(特に超後期高齢者の介護)の現場では、まだまだ寿命に拘り、死なせないための世話を続けているのが現状だと思います。

一生懸命家族(大抵は義理の両親)の世話をしている人達を悪く言うことはできませんが、本人が本当にそれを望んでいるのか、一度考えてみる必要があるのではないでしょうか。

無理な延命は、①介護する側の負担、②介護される側の(心理的)負担、③国の財政(医療費)の負担、といった3つの負担を招きます。

本人が望まない無理な延命(必要以上の介護)を続けるより、人間としての尊厳ある死を迎えさせてあげることを考えた方が良いのではないでしょうか。

そんなことを思いながら、僕は次のようなことを実行することにしました。

  1. いよいよ死が近づいてきたとき、どうして欲しいか、親の意志を確認しておく。
  2. いよいよ死が近づいてきたとき、どうしたいか、周囲に自分の意志を伝えておく。
  3. いよいよ死が近づいてきたとき、後悔がないよう、今日から親と過ごす時間を大切にする。
  4. いよいよ死が近づいてきたとき、後悔がないよう、今日から嫁さんと過ごす時間を大切にする。

皆さんも、いつか来るその時のために、今から親の意志、自分の意志、家族の意志を確認しておいてはいかがでしょうか。

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